アスリアの「ことば」に関する雑知識

語源、名言、音楽関連の言葉など、言葉に関する雑学のブログです。

ラジオ深夜便 「絶望名言」01

己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨せっさたくまに努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍ごすることも潔いさぎよしとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為せいである。己おのれの珠たまに非あらざることを惧おそれるが故ゆえに、敢あえて刻苦して磨みがこうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくとして瓦かわらに伍することも出来なかった。己おれは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶ふんもんと慙恚ざんいとによって益々ますます己おのれの内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。

ごぜん様さまのリスナー&MCたちの名言・珍言

「ごはんを美味しく食べてくれる人と結婚しなさい」

「体重が軽いんだから、いまのうちに体力を付けておきなさい」

「祖父のへそくりは、ここだよ!」

おばあちゃんの遺言名言:
「あなたはおじいちゃん似で血色が悪いから、必ず口紅を塗って
外を出なさい」

雨が降っているなかを駆けていく男の子に、「傘持っていかないの?」
ときくと、
「おれ、雨をよけれるんで!」
どや顔で言った。

「仕事は結果ではなく、経過だよ」

「言うことをきかない子は、ろくでなしって言うんだよ!」

「仕事も生活の一部だから、いつも通りにしようと思えば良いんだよ」
「怒るとしかるは違う」
「仕事はニコニコしているひとのところへやってくる」
「仕事は忙しいひとのところへやってくる」
「仕事は失ってから大切だったことに気づくんだよ。いまを大切にね」
「仕事だって風邪をこじらすことがあるからね……。
 少し休んで養生して、またがんばればいいよ」

「やらなければならないことは、すぐやりなさい。
やらなくていいことは あとでもできます」

いじめられていたリスナーに、家族は、「だいじょうぶ。家族だけは味方だよ」

「死ぬこと以外はかすり傷」

「だんなの女癖はなおらない。病気なら治るけど、癖はなおらないから」
「ひとを嫌いになるよりも、好きになる努力が大事だよ」
「ひとを好きになるのに理由はない。嫌いになるには、理由がある」

 

チャンスの女神は

チャンスの女神は後ろ髪がなく、足が異様に早い。

シェークスピアの絶望名言


あとで1週間嘆くとわかっていて、だれが1分間の快楽を求めるだろうか。
これから先の人生の歓びのすべてと引き換えに、今欲しいものを手に入れるひとがいるだろうか。
甘い葡萄一粒のために、葡萄の木を切り倒すひとがいるだろうか。


不幸はひとりではやってこない。群れをなしてやってくる。(ハムレット

どん底まで落ちた、といえるうちは、まだ本当にどん底ではない。(リア王

明けない夜もある(マクベス

逆境がもたらしてくれるものはすばらしい。それはひきがえるのように見苦しく、毒があるが、頭の中に貴重な宝石が隠れている(お気に召すまま)
(注:当時はひきがえるの頭に宝石があると思われていた)

マクベス
 明日(あした)、また明日、そしてまた明日、
一日一日をとぼとぼと歩んでいき、
ついには人生の最後の一瞬にたどりつく、
昨日という日はすべて愚かものたちが塵と化す
死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ、
つかの間のともしび! 人生は歩きまわる影法師、
あわれな役者だ、舞台の上ではおおげさにみえをきっても、
出場が終わればそれっきり。我を忘れた人間の
物語だ、激情に駆られてわめきたてているが、
そこに意味などないのだ。

ドストエフスキーの絶望名言

ドストエフスキー

もしも何処かの山のてっぺんの岩の上に、ただ2本の足をやっと載せることが出来る狹い場所で生きるしか無らなくなったとしても、しかもその周囲は、そこしれぬ深淵、こうばくとした太陽、永遠の暗やみ、永遠の孤独と永遠の嵐だとしても

そしてこの方1メートルにもならぬ空間に、一生涯、千年万年、いや永久にそのままとどまってうなければらなくなったとしても

 それでも今すぐ死ぬよりは、そうしてでも生きているほうがまだましだ。

生きて、生きて、ただ生きていられさえいれば

例えどんな生き方でも

ただ生きていられさえした方がいい

なんという真実! ああ全く、なんという真実だろう。

 

まったく、人間と言うやつは何という厄介な苦悩を背負い込んでいかなければならないんだろう

人生には悩みごとや苦しみごとはやまとあるけれども

その報いというものははなはだ少ない。

絶え間の無い悲しみ、ただもう、悲しみの連続。

 

その生涯で、苦しい運命を体験し、

ことに、ある種の瞬間に

その悲哀を味わい尽くした者は

そうしたときに、まったく思いがけなく親身にも及ばない同情を寄せられることが

どんなに甘美なものであるかをよく心得ているものであります。

 

我々は、自分が不幸なときには、

他人の不幸がより判るものだ。

 

僕がどの程度に苦しんでいるのやら

他人にはけして判るもんじゃありゃしない。

なぜならば、それはあくまでも他人であって

ぼくではないからだ。

おまけに、人間てヤツは、他人を苦悩者でいることを

あまり喜ばないものだからね。

 

悲しみの中に、幸福をさがすのだ。

 

 

太宰治 と 柏木さんの名言

太宰治の絶望名言
「ダメな男というものは、幸福を受け取るにあたってさえ、
へたくそを極めるものである」
「弱虫は、幸福をさえ恐れるものなのです。
綿で怪我をするのです。
幸福に傷つけられることもあるんです」

「生きていること、生きていること
ああ、それはなんというやりきれない、息も絶え絶えの
大事業であろうか」
「僕は、僕という草はこの世の空気と日のなかに
生きにくいんです。
生きていくのに、どこかひとつ、欠けているんです。
足りないんです。
今まで生きてきたのも、これでも精一杯だったのです」
「人間はなにかひとつ、触れてはならぬ深い傷を背負って
それでも耐えて、素知らぬふりをして、生きているのではないのか」

「わたしは人に接するときでも、心がどんなにつらくても、からだがどんなに苦しくても、ほとんど必死で楽しい雰囲気を作ることに努力する。そうして、客と別れたあと、わたしは疲労によろめき、お金のこと、道徳のこと、自殺のことを考える」

「わたしは自分に零落を感じ、敗者を意識するとき、必ずベルベーヌの泣きべそを思い出し、救われるのが常である。生きていこうと思うのである。あの人の弱さが、かえってわたしに、生きていこうという希望を与える。気弱い内省の究極からでなければ真に崇厳な光明は発しえないと、わたしは頑固に信じている」

 弱いからこそ、気がつくことがある―――柏木
 いちばんつらい人間だからこそ、純粋に歌える歌がある ―――柏木

 

カフカと無名の人の名言

生きることは、絶えず脇道にそれていくことだ。
本当はどこへ向かって行くはずだったのか、
振り返ってみることさえ、許されない。
    カフカ

ぼくには誰もいません。
ここには、誰もいないのです。
不安の他には。
不安とぼくは、お互いにしがみついて、
夜通し転げ回っているのです。
                                 カフカ

カフカ
将来に向かって歩くことは、僕にはできません。
将来に向かってつまづくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、たおれたままでいることです。

無名の人
 昨日に学び、
 今日に生き、
 明日に希望を

あわてず あせらず あきらめず ―――とある人の名言