アスリアの「ことば」に関する雑知識

語源、名言、音楽関連の言葉など、言葉に関する雑学のブログです。

ドストエフスキーの絶望名言

ドストエフスキー

もしも何処かの山のてっぺんの岩の上に、ただ2本の足をやっと載せることが出来る狹い場所で生きるしか無らなくなったとしても、しかもその周囲は、そこしれぬ深淵、こうばくとした太陽、永遠の暗やみ、永遠の孤独と永遠の嵐だとしても

そしてこの方1メートルにもならぬ空間に、一生涯、千年万年、いや永久にそのままとどまってうなければらなくなったとしても

 それでも今すぐ死ぬよりは、そうしてでも生きているほうがまだましだ。

生きて、生きて、ただ生きていられさえいれば

例えどんな生き方でも

ただ生きていられさえした方がいい

なんという真実! ああ全く、なんという真実だろう。

 

まったく、人間と言うやつは何という厄介な苦悩を背負い込んでいかなければならないんだろう

人生には悩みごとや苦しみごとはやまとあるけれども

その報いというものははなはだ少ない。

絶え間の無い悲しみ、ただもう、悲しみの連続。

 

その生涯で、苦しい運命を体験し、

ことに、ある種の瞬間に

その悲哀を味わい尽くした者は

そうしたときに、まったく思いがけなく親身にも及ばない同情を寄せられることが

どんなに甘美なものであるかをよく心得ているものであります。

 

我々は、自分が不幸なときには、

他人の不幸がより判るものだ。

 

僕がどの程度に苦しんでいるのやら

他人にはけして判るもんじゃありゃしない。

なぜならば、それはあくまでも他人であって

ぼくではないからだ。

おまけに、人間てヤツは、他人を苦悩者でいることを

あまり喜ばないものだからね。

 

悲しみの中に、幸福をさがすのだ。

 

 

太宰治 と 柏木さんの名言

太宰治の絶望名言
「ダメな男というものは、幸福を受け取るにあたってさえ、
へたくそを極めるものである」
「弱虫は、幸福をさえ恐れるものなのです。
綿で怪我をするのです。
幸福に傷つけられることもあるんです」

「生きていること、生きていること
ああ、それはなんというやりきれない、息も絶え絶えの
大事業であろうか」
「僕は、僕という草はこの世の空気と日のなかに
生きにくいんです。
生きていくのに、どこかひとつ、欠けているんです。
足りないんです。
今まで生きてきたのも、これでも精一杯だったのです」
「人間はなにかひとつ、触れてはならぬ深い傷を背負って
それでも耐えて、素知らぬふりをして、生きているのではないのか」

「わたしは人に接するときでも、心がどんなにつらくても、からだがどんなに苦しくても、ほとんど必死で楽しい雰囲気を作ることに努力する。そうして、客と別れたあと、わたしは疲労によろめき、お金のこと、道徳のこと、自殺のことを考える」

「わたしは自分に零落を感じ、敗者を意識するとき、必ずベルベーヌの泣きべそを思い出し、救われるのが常である。生きていこうと思うのである。あの人の弱さが、かえってわたしに、生きていこうという希望を与える。気弱い内省の究極からでなければ真に崇厳な光明は発しえないと、わたしは頑固に信じている」

 弱いからこそ、気がつくことがある―――柏木
 いちばんつらい人間だからこそ、純粋に歌える歌がある ―――柏木

 

カフカと無名の人の名言

生きることは、絶えず脇道にそれていくことだ。
本当はどこへ向かって行くはずだったのか、
振り返ってみることさえ、許されない。
    カフカ

ぼくには誰もいません。
ここには、誰もいないのです。
不安の他には。
不安とぼくは、お互いにしがみついて、
夜通し転げ回っているのです。
                                 カフカ

カフカ
将来に向かって歩くことは、僕にはできません。
将来に向かってつまづくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、たおれたままでいることです。

無名の人
 昨日に学び、
 今日に生き、
 明日に希望を

あわてず あせらず あきらめず ―――とある人の名言

 

名言アレコレ

フランツ・カフカ

 

ぼくは、人生に必要な能力をなにひとつ備えておらず、
 ただ人間的な弱みしか持っていない。
 無能―――あらゆる点で。しかも完璧に。
 
 ☆ネガティブな言葉も、つらいときにはかえって

 救いになる。

 

大切なのは、どれだけたくさんのことや偉大なことをしたかではなく、
  どれだけ心をこめたかです(マザー・テレサ

 

 ☆大切なことは、何をしたかではなく、何の為にしたか 中井俊巳(作家)

ゲーテの言葉 #04

☆「光の強いところでは影も濃い」
 ゲーテの言葉です。
 順風満帆に見えるゲーテですが、たくさんの悲しみもありました。
 身近な家族は亡くなりました。
 お父さんとの確執も大変なモノです。
 19歳の時に、あやうく病気で死ぬところまで行きました。
 そのために、父親からひどい言葉を浴びせられます。(気力で治せ! とかなんとか)
 病気になったことで、ぼくは日常に目を向けられるようになった。と、ラジオ深夜便の文学紹介者柏木さん。
 自分の身辺に目を向けて、こんないいこともあると感じる。
 身の程、というのもあるのでしょう。

☆病気が長引くと
 弱ってるときにどういう仕打ちをされたか、
 ということが後の人間関係に響いてくる、と
 ラジオ深夜便の文学紹介者の柏木さんは言ってました。
 気の持ちようで病気が治ると言われたらプレッシャーだということ、
 だんだん冷たくなるのは普通だけれど、ある程度の支えでも
 変わらないことが一番いいと言うのでした。
 変わらない、ということは病人にとって大事なこと。
 川野アナウンサーは、『前と同じようにつきあってくれる』 ことが安らぐと言っていました。
 
☆「涙とともにパンを食べたことのないものには、人生の本当の味は判らない
  ベッドの中で泣き明かしたことのないものには、人生の本当の安らぎは判らない
  暑さ寒さに苦しんだものでなければ、人間というモノの値打ちは判らない
  人間は、昼と同じく夜を必要としないだろうか」
  安らぎの夜。眠りの夜。
  涙のあとには虹も出る、なんて歌の文句もあるくらい。
  不幸は避けられないモノだから、受け入れなければとは思うモノの、
  できれば、やめてほしいなーと
  神さまにお願い中だったりするわたしです。

ゲーテの言葉 #03

☆絶望名言の話、続きです。
 ゲーテの言葉。
「わたしはいつもみんなから、幸運に恵まれた人間だとほめそやされてきた。
 わたしはグチをこぼしたくないし、自分のこれまでの人生に
 けちをつけるつもりもない。
 しかし、それは実際には、苦労と仕事以外のなにものでもなかった
 75年の生涯の中で、ほんとうに幸福だったのは、
 1ヶ月もなかったと言っていい
 石を上に押し上げようと、永遠に繰り返し転がしているようなモノだった」
 また、こんな名言も残しています。

☆「わたしは塵の中でうごめく虫にすぎない」
  鳴かず飛ばずだったころもあるゲーテの言葉。
  ゲーテも暗い時期があったのですねえ。

☆苦しみ抜きながらも
 ゲーテは、楽々と創作をしたわけじゃなさそうです。
 小さな国に大臣として招かれて多事多難のなか
 八面六臂の活躍をしていたようです。
 その間は創作できなかった模様(気の毒に……)
 父親とは確執を解消できずに終わります。
 不幸と言えば、不幸な人生だったのです。

☆先人に学ぶ
  とてもゲーテには手が届きませんし、才能が違いすぎるけど、
  根っこの所はわたしと似てるかも (ないない!)
  若い頃に、『若きウエルテルの悩み』 を読むべきだったかも、と思ったので、
  今度、図書館で借りてきます。
  
 

ゲーテの言葉 #02

☆「人間は、昼と同じように、夜も必要としないだろうか」
  ゲーテの言葉です。
 漫画家の水木しげるさんが、「ゲーテとの対話」 を
 戦時中に持って行ったり、
 第二次大戦中にはナチスの収容所で
 ゲーテを読んで救われた話がとても多い、と言います。

☆絶望も大事
 ゲーテ自身も絶望を味わっています。
 1755年の11月、ポルトガルで大地震津波があり、
 1度に六〇〇〇〇人もの人が亡くなりました。
 6歳のときにそれを知ったゲーテは、
 賢明で慈悲深いはずの神が、なぜ無辜の民を6万も殺すのかと
 絶望し、教会にも行かなくなったそうです。
 いつしか彼は、自然を敬うようになったそうです。

ファウスト、といえば
 手塚治虫さんも、漫画化しようとして寿命が尽きてダメだった作品です。
 『ファウスト』のなかで、人間の最大の敵は、
 恐怖と希望だという言葉がありました。
 恐怖はともかく、希望がなぜ敵かというと、
 それがあるために人間は、ムダな努力をしてしまい、
 挫折を味わい、絶望に陥るからだというのです。
 皮肉な見方で、インパクト抜群。

ゲーテ大好き
 良い友だちがたくさんいたゲーテ
 わたしも良い友だちが、たくさん欲しい。
 というわけで、Facebookやらハテナブログをさまよっている毎日。
 あんなところには、良い人材なんていないよね……。
 自分を磨かないと、ダメだよね、と思ったりもするのです。